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名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)74号 判決

原告(選定当事者) 杉浦市英

被告 名古屋市長

主文

原告の訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告の求める裁判)

被告が昭和四一年五月一九日付でなした名古屋市藤森南部土地区画整理組合の設立認可は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告の求める裁判)

一、本案前の申立

主文同旨の判決。

二、本案の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、主張

(請求原因)

一、訴外名古屋市藤森南部土地区画整理組合(以下単に「本件組合」と略称する。)は、名古屋市千種区猪高町大字藤森字杁ノ池の全地域及び同所字石ケ根、色田、大久田、香流、高柳、洞前の各一部地域を施行地区とし、昭和四一年五月一九日被告より設立認可をうけた土地区画整理組合であり、原告および別紙目録記載の選定者は、本件組合の土地区画整理施行地区内にある土地の所有者である。

二、右設立認可は訴外高柳宗明が昭和四一年四月一九日になした設立認可申請に基づいてなされたものであるが、右設立認可申請手続には次の如き重大かつ明白な瑕疵があり、従つて右申請に対応する被告の設立認可は無効である。すなわち

(一) 土地区画整理法第一八条は土地区画整理組合設立に際しては組合員となるべき者の三分の二の同意を必要としている。

(1) 然るに右同意者には

(イ) 次の如く既に死亡した者、行方不明者、架空者が含まれている。

1、青山志ず    不明

2、井口庄次郎   死亡

3、井口理三郎   不明

4、伊藤金松    死亡

5、伊藤銀次郎   死亡

6、伊藤弥曾吉   死亡

7、加藤宇兵衛   死亡

8、加藤志信    死亡

9、柴田市次郎   死亡

10、柴田鉞太郎   死亡

11、柴田鍼太郎   死亡

12、柴田茂三郎   死亡

13、柴田鶴次郎   死亡

14、柴田信     死亡

15、高柳市次郎   死亡

16、高柳源一    死亡

17、高柳源之助   死亡

18、高柳重四郎   死亡

19、高柳惣太郎   死亡

20、高柳宗太郎   架空

21、高柳台三郎   死亡

22、高柳富五郎   不明

23、高柳富三郎   死亡

24、高柳安右エ門  死亡

25、高柳八十二   死亡

26、行方太郎左エ門 死亡

(ロ) 同一人が異なつた住所で二重に同意者となつている。

1、青山金弘

2、高柳富輝

3、高柳幸貞

4、高柳哲也

5、水野金藤

(ハ) 既に死亡している者を代理して同意者となつている。

加藤宇兵衛 代理人 加藤桂一

ものがある。

(2) また次の如き死亡者架空者を本件組合の組合員として申請している。

1、青山くよ   死亡

2、青山太兵衛  死亡

3、伊藤安左エ門 架空

4、加藤円六   死亡

5、柴田源次郎  死亡

6、高柳周助   死亡

7、水野源助   死亡

8、水野仁三郎  死亡

従つて右の者を同意者若しくは組合員から除去すれば、組合員となるべき者の三分の二の同意を欠くので、本件組合の設立はその手続要件を欠くのである。

(二) 仮に三分の二の同意があることになるとしても、土地区画整理法第一八条は「第一四条に規定する認可を申請しようとする者は定款及び事業計画について施行地区となるべき区域内の宅地について所有権を有するすべての者及びその区域内の宅地について借地権を有するすべての者のそれぞれの三分の二以上の同意を得なければならない。」と規定している。このことからみるも、土地区画整理組合のため、定款および事業計画を決定するに当つては、単に法定の三分の二に当る者の同意がありさえすれば他の者の同意を求めず、或はその設立手続に関与することを拒否してよいというものではない。然るところ、本件組合の設立を発起した人々は死亡者、行方不明者をそのまま組合員となしこれらの者又は相続人らに同意を求めることをなさずに設立認可申請の手続をなしたものである。

三、そして原告は本件組合設立認可の無効確認を求める法建上の利益を有する。すなわち、原告は右設立認可およびそれに続く換地計画の認可、賦課金等の徴収によつて、土地所有権その他の財産権を侵害される危険があるのであるから、行政事件訴訟法第三六条にいう「当該処分……に続く処分により損害をうけるおそれのある者」に該当する。また原告は無効な設立認可の結果設立された本件組合の存在によつて、前記の如き所有権侵害等の不安危険を感じているが、これを根底から除去する最も効果的な方法は組合設立認可の無効確認訴訟であつて、組合員たる地位不存在確認の訴えなど現在の法律関係に関する訴えによつては、その目的を達することができないのである。

四、よつて原告は被告に対し、本件組合の設立認可が無効であることの確認を求める。

(被告の本案前の抗弁)

一、本件組合の設立認可無効確認を求める訴えは許されない。すなわち、行政事件訴訟法第三六条によれば無効確認の訴えは「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」に限り許されるところ、本件においては、設立認可の後に行われる処分は換地計画の認可であつて、原告はこれらによつて何ら損害を蒙るものではないから、予防訴訟の利益はない。

また原告は現在の法律関係に関する訴えによつて―例えば組合を相手方として組合設立無効確認の訴え、又は組合員たる地位不存在確認の訴えによつてその目的を達しうるのであるからこの点からも本件組合の設立認可無効確認の訴えは許されないものといわねばならない。

二、原告は本件組合設立認可後に贈与により名古屋市千種区猪高町大字藤森字洞前四五番の三の土地の持分一〇分の四を取得したにすぎない。しかして右設立認可の無効確認を求めうる者は、右認可申請時に土地所有者(又は借地権者)たりし者に限ると解すべきであるから(その者のみが設立認可無効確認の訴につき即時確定の利益を有する)、原告は本訴につき原告適格を有しない。また原告を選定した別紙目録記載の選定者の中には右と同一の理由により原告適格を有しないものがいる。従つて原告は本訴につき正当な選定当事者となりえない。

(本案に対する答弁および主張)

一、請求原因第一項記載の事実は認める。同第二項記載の事実のうち本件組合の設立認可が訴外高柳宗明のなした設立認可申請に基づいてなされたこと(但しその日は昭和四一年四月一一日である)右申請の同意者の中に原告主張の(イ)の高柳源之助を除く二五名の死亡者、行方不明者、架空者が含まれていること、(ロ)の青山金弘が二重に同意者となつていること、土地区画整理法に原告主張の如き規定があることは認めるが、その余の事実は争う。

二、本件組合の設立については何ら手続違背はない。

本件組合設立認可申請書によると

(1) 施行地区内の宅地の総面積八七二、九五八・五〇平方米(二六四、〇六八坪七六)

(2) 組合員総数四七八名(所有権者のみ。借地権者なし。)

(3) 組合設立同意者が施行区域内に有する宅地の面積六四〇、三四七・五七平方米(一九三、七〇二坪五七)

(4) 同意者数三六七名

であつて、(1)と(3)の比率は七三・三五パーセント、(2)と(4)の比率は七六・七八パーセントで、土地区画整理法第一八条の要件を充たしていた。

ところが組合員の中には原告主張の如く一七名が重複していたのでこれを前記総組合員数より控除すると、総組合員数は四六一名となる。重複していても施行区域内の宅地の総面積は変わらない。

また同意者の中には原告主張の如く死亡者、行方不明者、架空者等が含まれていたので、原告主張の(イ)の高柳源之助を除く二五名と同(ロ)の青山金弘、および同(2)の柴田源次郎、水野源助の三名を除くと同意者の総数は三三九名となり、その所有宅地の面積は一九二、二五一坪六九となる。しかして施行地区内の宅地の総面積と同意者の所有宅地の面積の比は七二・〇八パーセントであり、総組合員数と同意者数の比は七三・五三パーセントになるから、いずれも土地区画整理法第一八条所定の要件を充たしているのであつて、何ら手続違背はない。

第三、証拠〈省略〉

理由

本件組合が原告主張の区域を施行地区とする組合であること、被告が昭和四一年五月一九日本件組合の設立認可をなしたこと、原告および別紙目録記載の選定者が右地区内の土地の所有者であることは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで土地区画整理組合が土地区画整理事業を施行するには定款、事業計画を定め、組合設立について都道府県知事(指定都市の場合は市長、土地区画整理法第一三六条の二)の認可を受けなければならない(同法第一四条)とされている。そして右認可により組合が成立すると(同法第二一条四項)、右組合の土地区画整理施行地区内の土地所有者(或いは借地権者)は当然に組合員となり(同法第二五条)、その後の土地区画整理事業手続の進展に伴つて仮換地の指定、賦課金の徴収等がなされ、これらによつて具体的な権利義務の変動を受けることになる。しかし組合の設立認可は、組合を成立せしめるだけであつて、組合員の具体的な権利義務に変動を生ぜしめるものではない。又右設立認可の際審査される事業計画も、土地区画整理事業の基礎的事項(同法第六条、第一六条、同法施行規則第六条乃至第九条)について一般的、抽象的に定められたものであつて、いわば建築工事における青写真的な役割を果すものであり、個々の組合員の地区内の土地の所有権等に直接具体的な変動を生ずる効果があるものではない。(最高裁判所大法廷昭和四一年二月二三日判決。民集二〇巻二号二七一頁参照)個々の組合員の具体的な権利義務は組合の総会の決議(同法第三一条)に基づいて、仮換地の指定、賦課金の徴収等個々の行為がなされることによつて始めて生ずるものである。してみれば、本件組合の設立認可があつただけでは原告は未だ具体的な権利義務の変動を受けていないから、右設立認可の無効確認を求める法律上の利益を有しないものというべきである。

よつて本件訴えはその余の争点について判断するまでもなく不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 上野精 将積良子)

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